重症化&入院までした成人型アトピーとさよならして5年経過しました。治癒にとって必要だったことを1日1記事UPしてます。

雑記

【アトピー】リバウンド中の恐怖体験・アンビリーバボー

投稿日:2017年7月28日 更新日:

Alexas_Fotos / Pixabay

毎日毎日暑いので、今日は稲川淳二バージョンのお話をお届したいと思います。

怖い話が苦手な方は今日の記事は読まないでください~

アトピー大悪化で実家へ帰省

あまりに状態がひどく、寝たきり状態の時は、実家に帰って過ごしてた私

当時の実家は、祖母の自宅介護真っ最中だったので、いい意味で私もそれほど構われず放置されてました。

都内の狭いマンションと違って、田舎の戸建てなので、風通しもいいし、夜は虫のさえずりが聞こえていい感じにリラックス過ごせる夜。。

だったらいいのですが、そこでの唯一の私の役目は、軽い痴呆症状が出始めてた祖母の夜間対応でした。

なんてたって、当時は自律神経狂いまくりで、夜な夜な、本を読んだり、動画を永遠みてた私なので、ばっちりなお役目だったわけで。

真夜中に階下から祖母の呼びかけ

深夜1時すぎくらいになると祖母が階段下から二階にいる家族を呼びます。

「ちょっと~~~、ちょっと~~、ちょっと来て~~~」

ほんと、96歳とは思えないくらいの声量とひつこさで、誰かが階段下に降りるまで、壁をバンバン叩くし、この行動に家族はかなり参ってました。

近所迷惑にならないように、祖母が部屋からごそごそ出てくる音がしたら、私は部屋を出る準備をして呼びかけがきたら、即階下へ。

いつもわけのわからない話に「うんうん」と適当に相槌をうってたらそのうち満足して大人しく寝始めるので、いうほど大変ではありませんでした。

普段と様子が違う祖母

そんなある日。

「ちょっと~~~、ちょっと~~、ちょっと来て~~~」

はいはい~すぐ行くよ~。

階下へいくと祖母の様子がいつもと違う。

「お茶、お茶を入れて」

お茶??

水分補給はいつでもできるようにベッドサイドに置いてあります。

「早くして、待ってるから」

待ってる??

不可解に思いながらも祖母にベットサイドに置いてる吸水器(寝たまま飲める容器)を渡すと、

「それやないわーー!!(←ちょっと怒ってる)」

「そこの戸棚にあるコップや!!」

指さす方向には、以前祖母が食器棚代わり使っていた家具(今はもう空っぽ)。

あぁ、コップで飲みたいんか、、と思い台所へいこうとすると

「そこの戸棚にあるコップや!!」

わかったよ~と適当にかわしながら、祖母が昔つかっていたコップにお湯を入れて渡すと、テーブルの自分から少し離れた所において、満足そう。

あんだけ急かして飲まないんかいな・・・まぁええわ。。

と思いながら私も祖母のそばに腰かけました。

ところが様子がいつもと違う。

ぺらぺらおしゃべりせず、神妙な顔で黙ってるのです。

しかも足もキチンとそろえて、ちょっと緊張してるような様子。

その時です。

畳の上を誰かがあるいてるような音が部屋にし始めたのです。

 

みしっ

みしっ

みしっ

 

祖母と私の周りをぐるぐると歩いてるような間隔で音が続きます。

 

みしっ

みしっ

みしっ

 

え?と思った瞬間に祖母が口にした言葉。

 

「おじいさん、帰って来た。間に合ってよかった」

 

その瞬間背筋にぞぞぞぞぞーーーーーーーーーーーと寒気が走りました。

だって、おじいちゃんもう死んでるから

「お婆ちゃん、やめて」と言おうとするも声がでない、そう金縛りです。

そこからどれくらい時間が経過したかわかりません。

遠くから猫の鳴き声がした瞬間にハッと我に帰りました。

 

「おかーーーーさーーーーん!!!」

 

夜中の絶叫に、両親がびっくりしてかけつけました。

起きたことを手短に話すと、父がぽつり。

「今日、そろそろおばーさんお迎えにきてくれって仏壇にいったんや。やからかな」

 

それから1カ月もしないうちに、祖母は亡くなりました。

96歳大往生でした。

 

孫にあんな怖い思いさせるんじゃねーーー!(゚Д゚)

おしまい◎


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